アーティスト 石田尚志について

石田尚志

 

なんて気持ちのいい作品だろう。
光と動きの調和と慟哭の渦が感情と共に膨れ上がり踊り続ける。そこには確かに感動があった。
そう思わせてくれたのは
石田尚志の「燃える椅子」「白い部屋」などの躍動感溢れる作品たちでした。

 
 

石田尚志の絵は文字通り、自由気ままに踊り、伸びたり、縮んだり、あるいは消えていなくなり、また現れるドローイングアニメーションです。
感覚をするどく研ぎ澄ませ、感情に従い動く線の姿は快感を存分に主張してきます。
映像作品でもありながら、自らの筆を動かした絵画作品でもあり、そして心地良い音色を奏でる音楽作品でもあります。
映像という時間の枠に縛られながらも、いつまでも飽きること無く見ていられる。
むしろ何度でも何度でもそれこそテープが擦り切れるほど、リピートして見ていたくなる。
そんな人を感動させる魔法をもった映像。
それはまさに石田尚志という人物そのものを表しているにほかならないと思います。

 

生い立ち

 

石田尚志は画家や映像作家という枠組みでは収まらない独自の世界観ををもった気鋭のアーティストです。
その生き方は実に感情の力に満ちあふれている。

祖父母ともにアーティストして生き、両親もまた音楽家ということもあり、幼少の頃から彼の傍らには常に音楽と絵、アートがありました。
普通の勉強が得意ではなかった彼でしたが、絵に関しては異様なまでに没頭していく。
それは一種の主張でもあり、彼にとっては私達が普通に使う言葉と何ら変わらないものでした。
ひたすら集中し、感情を白い画面にぶつけていく。
やがて自分が何を求めて描くのかを模索しながら毎日を過ごしていく中で、欲求の根源にあるものは幼少期から身近に存在していた音楽という時間の流れにあると気がついたのです。

「音楽、そして時間を描きたい」
その確かな欲求を叶えようと彼はより時間的要素を求め、ライブペインティングや映像を使った表現へと進んでいった。
そこからは彼は水を得た魚のように表現の幅を広げていく。
やがて、より時間的要素に目を向け、見る側から作家という存在を消し、作品に集中させようと映像による表現をより深めていくこととなりました。

 

彼は生まれた地である東京を一度離れようと10代後半に遠く離れた沖縄へと移住しました。
そこで制作活動を続けていく石田尚志は沖縄に満ち溢れる光や、せり上がる大海原、透明感のある水に心の底から感動を覚えた。
その感動をたずさえ、画家槇原勉を師事し、その影響を受けていことになります。

やがて、東京へと舞い戻った彼は害虫駆除のアルバイトをしながら作家活動を続けていくこととなります。
そこで見たものは普通の人は接点すら無いような空間でした。
沖縄とは対称的な色のない空間に駆除用の乳剤を噴射機でまく。
そこに現れたものは沖縄とは別の感動でした。

海や山といった自然の美しさ。
大都会の裏側にただよう空気。
この世界は様座な欲望や感情に満ち溢れている。
その現実を石田尚志は決して見逃しませんでした。
それから彼の作品はさらに感情に満ち溢れていく。
それはひとつの物語であり、映像であり、絵画であり、彼が表現したかった時間という音楽でした。
音が語りかけてくる。
ギラギラとした激しい光と強い歓喜の表情が全身から発せ垂れてくる。
それこそがかつて石田尚志が見た世界に満ちる感動なのでした。

曰く、自分をどういう環境に置くのかがアーティストして生きていくうえで大切と石田尚志は語っています。
それはアーティストとして生きていきた祖父母、音楽を生業とする両親、自然に満ち溢れた沖縄での暮らし、共に過ごした人々、東京に舞い戻りはじめたアルバイト、またそこで関わっていった人々。
そういった環境がいまの気鋭のアーティスト石田尚志を作り上げてきたからにほかならないでしょう。

 

アーティストとしての生き方

 
 


人間というものは決して一人だけでは完結しません。
必ずそこには他者がおり、様々なノイズによって少しずつ人という形へと形成されていくのです。
アーティストという人種はより自分という軸をしっかりと形成しなくてはならない。
そうなれば必然的に自分が向かいたい方向へと向かえるような環境にいるべきなのです。
だが、石田尚志は同時にもう一つの答えを提示しています。
それは例えどのような場所にいようとも音に感動し、光に感動し、人に感動することはできるということです。

それは彼の生き方が証明してくれています。
沖縄という燦々と照りつける太陽と透明な海のうねり、そこに内包するものは自然というありのままの感動。
一方で東京という人工的に築きあげられた都市に根付くのはそこに住まう感情の渦、それは時に荒々しくも力強い主張を全身から放つ。
それもまた感動することができる。
世界のありとあらゆる場所に感動は根付いている。
それを見つけることができるかは自分次第。
石田尚志という人物はそういう意味で見るということに非常に長けています。
それは常に感動したい、感動させたいという欲求を持って生きているからです。
それこそがアーティスト石田尚志の生き方であり、理想とすべき生き方ではないでしょうか。

 

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