デザインにおける技術と知識。すぐに役立つものはすぐに役立たなくなる。

技術を身に着けるということ

 

 

 

 

 

 

先日このようなツイートを見かけました。

 

 

これは本当にその通りの話だなと思います。

 

技術自体は必要なものです。
頭でどれだけ思い描いた図も、形にする技術無くして世には羽ばたきません。
技術以上の仕上がりなどこの世のどこにも存在しないのです。

 

技術というものは身につければつけるほど、成果物となって存在を証明していきます。
そして、それは努力によって価値が比例していく。
技術は絶対になくてはならないものであるし、自分の価値を分かりやすく示す存在でもあります。ですが、技術は不変的なものではありません。食べ物と同じで賞味期限があります。

 

例えばこの方のツイートを踏まえて話をしましょう。
HTMLやCSS、WordPressの実装などをマスターしたとします。
これは確かな技術です。どんなデザインも実装できるのであればそれだけで価値がありますし、評価を得ていくでしょう。

 

しかし、それはいつまでも続く話ではありません。
最近ではノーコードでの実装技術も発展し、少しずつ少しずつその領域は広がりつつあります。
デザインを感覚的に置き、そのままクリック一つで実装なんてことも難しくないでしょう。
そうなってくれば、きっとHTMLやCSS、WordPressの実装技術は必要としなくなっていくことでしょう。

 

文字通り、技術には賞味期限切れがあるというわけです。

 

これは何もコーディングなどの実装の話だけではありません。
ロシアで数多くの仕事を請け負っていたニコライ・イロノフというデザイナーが実はaiで、そのデザインは全て自動生成で作られたものだったというニュースが世間では大きく話題になりました。

 

advanced by massmedian

ロシアでロゴデザイナーとして活躍するニコライ・イロノフ氏。彼が実在する人物ではなく、AI(人工知能)であったことが明らか…

 

デザインという技術そのものに、少しずつ賞味期限切れという波紋が広がりつつあるのです。

 

 

技術の後に残るのは文化

 

いずれ使わなくなるものに対して、なぜ学ぶ必要があるのか?
それは永遠の命題でもあります。

 

ふと思い出した面白いお話があります。
主人公はランプ職人で日々、街灯作りに人生を捧げてきました。
しかし、世間では着実に電気が普及し始めています。
もうランプの時代は終わりだね、と人々は口にします。
ですが主人公は火で灯す明かりにこそ魂が宿ると信じてなりませんでした。

そしてついに、一般家庭にまで電気が広がり、主人公の家も明かりが灯されます。
その明るさは火で灯すランプの比ではなく、そしてスイッチ一つで簡単に点滅できる便利なものでした。
主人公の家族は口々に喜びを発します。
主人公は無言のまま家を飛び出し、自分が作ってきた街灯に向かって、泣きながら石を投げつけて回るのでした。

 

このお話は技術には必ず終幕があるということを示唆しています。

 

多数派でなくなった技術の後に残るのは文化です。
つい最近でも面白い広告がありました。

2020年末にAdobe Flash Playerのサポートが終了し、インターネットにあふれていた様々なフラッシュ作品が見れなくなるという事と絡めたサントリークラフトボスのCMです。

 

YouTube

「ゴノレゴ」に「ギコ猫」「カナヘイ」まで!?懐かしのインターネットを振り返る「クラフトボス」WEB動画 「Flash B…

 

僕も幼い頃、こういった動画やゲームに触れてきたので懐かしく感じます。
これはFlashという技術が一つの文化として姿を変えた瞬間でもあったと言えるでしょう。

 

 

技術の一人歩きは意味をなくす

 

技術はなくてはならないものです。
デザイナーという職自体、技術職なわけですから当然です。
僕らはある意味で、先ほどのお話に出てきたランプ職人なのかもしれません。

 

今こうして身につけてきた技術が多数の人間から必要とされなくなる日が必ずきます。
実際、デザインの主流がグラフィックだったのが今ではどんどんWebに切り替わってきている時代です。
いまだにグラフィック主軸のデザイナーの中にはWebはおまけと考えている者も少なくないでしょう。しかし、それは現実が見えていません。

 

昨今のデザインのフラット化、展開性の高さを重視するなどもさることながら、様々な企業のデザインを観察していくと流れは実に明快に示されています。

 

デザインを学ぶということはもはや技術を学ぶということでは成り立たないのです。
職人の時代は明確に終わりをむかえています。

 

 

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知識を身に付けること。

 

 

 

 

 

 

知識とは水です。
生きていく上で、これほど不可欠なものはありません。
知識なくして物事を測ることはできません。

 

どれだけ技術を持っていても、知識がなくては良し悪しの判断はつけることもできないですし、自力で創造性あるアウトプットには至れません。

 

全ての根幹は知識にあります。
知識とはそのまま教養につながります。
ここに太宰治の残した面白い文を紹介するツイートがあったので引用します。

 

 

 

愛することと感性の磨かれ方は教養に依存します。
他者への理解も教養なくして進むことはありません。
知識はそのまま相手の背景を想像する礎なのです。
それがない人は平気で他人の感情を踏みつけることができます。

 

知識は測りです。
学べば学ぶほどそのメモリは細かく刻まれていきます。
だからこそ、学ぶことを続けていかなくてはならないのです。

 

 

デザインにおける技術と知識

 

技術と知識は相互関係にあります。
どちらかが欠ければ、それはとても不完全なものです。
どれだけ優れた腕を持ってしても知識がなくては、生み出されるものの創造性は自分の中の小さな事象に止まります。

 

逆に知識だけが先行しても、その想像はただの夢想で終わり、世に羽ばたくことは永遠にないでしょう。

 

デザインにおいてはそれは間違いのない事実です。
デザインはどうしても技術が先行しがちな分野でありますが、知識があって初めてそれが生かされるということを認識しなくてはなりません。

 

よく聞くフレーズに「3ヶ月でwebデザイナーになれる!」なんてものがあると思います。
こんな謳い文句がどれだけ当てにならないことか。
3ヶ月で身につけた技術がその後、いつまで使えるのかを想像してみてください。

 

賞味期限はきっと長くありません。
すぐに役立つものはすぐ役に立たなくなるのが世の常なのです。

 

 

 

まとめ

 

今回は知識と技術についてお話ししました。
デザインに限った話ではありませんが、自分のもつ技術がいつまで使えるものなのかを冷静に見つめる時間が必要であると思います。

自分が次に何をしたらいいのかを見極めるために必要なことは、間違いなく知識が教えてくれるでしょう。

 

技術と知識、どちらが欠いてもいけません。
自分で進むための乗り物が技術なら、道標が知識なのです。
一見役に立たないこともデザインにおいては、決して無駄になりません。
デザインは社会を投影します。

社会に必要とされるからデザインが生まれるのです。
社会とは繋がりです。あらゆる点と点が繋がっていきます。
その道の繋がりを紐解いていくこともまた知識から始まるのだと思います。

 

 

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